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しん・すいこでん

新・水滸伝

吉川 英治

「日本」講談社、1958(昭和33)年1月号~1961(昭和36)年12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 684,899 字 · 1374 页

青空文庫

「……おっ母あ」

彼の声は、土間の一隅に糸車をすえて、他念なく、糸を紡いでいた老母の耳を怪しませた。

老母は、まったくの盲である。

だから日が暮れたのも知らず、糸笊や糸車の手元に、灯を必要ともしなかった。

「おっ母あ。どこかね、おっ母あ」

「おや。……誰かい?」

「おらだよ」

「そ、そのお声は」

「李逵だわな! 鉄牛がいま、帰えって来たんだわな!」

「ひぇッ、せがれだか」

「あ、あぶねえ」

あわてて李逵は抱きとめた。小ッこい老母のからだは、もう彼の体にしがみついて、ただぶるぶるふるえているのである。

「わ、われはまあ、何年も何年も、いったい、どこに何していただよ。ええもう、生きたやら死んだやらさえ、日頃には……」

「ま。……ま、おっ母あ、おちついてくれ。ほんとにすまねえ、勘弁してくらっせ。だがの、こんどは、一生一ぺん、おっ母あにも、なんとか、安心して貰おうと思って、わざわざ、遠くから迎えに来たんだ」

「ほ。遠くから、わたしを連れに? ……それやいったい、どこぞいな?」

「梁山泊といって。いや、違ッた、そ、その梁山泊のある山東という地方へ、じつアこんど、おらあ役人になって行くわけさ」