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さぶ

さぶ

山本 周五郎

「週刊朝日」 1963(昭和38)年1月4日号~7月5日号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 210,521 字 · 415 页

青空文庫

と男のほうから話しかけてきた、「おまえさんはここへ来てからもう半月以上にもなるのに、誰とも口をききませんね、なにかわけがあるんでしょうが、あんまり黙っているのも躯のために毒ですよ」

工事場で休みのときのことだった。栄二が積んである石材によりかかって、早春の凪いだ海を眺めていた。与平はそこへ話しかけてきたのだが、栄二は返辞もせず、振り向いて見ようともしなかった。

「こんな話をするのは初めてだが、私は女房を殺しそくないましてね」と与平は独り言のように云った、「――八年もまえのことです、芝の金杉のほうで、小さな呉服屋をやっていました、小さな店ですがわりかた繁昌していまして、私は小僧から奉公にあがり、そのうちの娘の婿になったんです」

栄二は黙って聞いていた。女房を殺しそこなったという言葉に、つい心をひかれたのである。珍しいことではない、家付きの気の強い女房と、小僧あがりの小心な婿。十年の余も稼ぎに稼いで、子供が三人もできたのに、亭主らしい扱いをされたことは一度もなく、朝から晩まで頭ごなしにどなられ、追い使われた。子供たちさえも「おとっちゃんのぐず」と呼び、食事は小僧時代と同じように、勝手の板の間で喰べさせられた。