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さぶ

さぶ

山本 周五郎

「週刊朝日」 1963(昭和38)年1月4日号~7月5日号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 210,521 字 · 415 页

青空文庫

「すっかりにんき者になっちまったね」寝るときに与平が来てそう囁いた、「あたしはここへ来て八年になるが、こんなにみんなの気が合ったのは初めて見ましたよ、私は酒はひと口もだめだが、みんながあんなにたのしそうに飲んでるのを見たら、うれしくってね、こっちまでが酔ったような気分になっちまいました」

栄二は暫く黙っていて、それから相手の本心をさぐるような口ぶりできいた、「――与平さんはいまでも、この島で一生くらすつもりかね」

「そのつもりですよ」と与平は答えた、「私はしゃばではくらしにくい人間のようですからね」そしてまた云った、「――さっき誰かが、生き馬の眼を抜くような、せちがらい世間、ということを云ったが、この島ではそんなことはない、人の小股をすくったり、人をだしぬいたりぺてんにかけたりすることもない、そんなことをしてもなんの得にもならないからだ、そうでしょう」

ここにもむろんいやなことはある。ひねくれ者や意地の悪いやつもいるし、したくない仕事もしなければならない。それでも人を凌いで儲けたり、出世したりすることはできないし、やれと云われた仕事をおのれの分だけやればいいのだから、世間のように煮え湯をのまされる心配はない、と与平は云った。