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さぶ

さぶ

山本 周五郎

「週刊朝日」 1963(昭和38)年1月4日号~7月5日号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 210,521 字 · 415 页

青空文庫

栄二はようやく躯を自由にし、おそのを押しやった、「さあおきみさんもどいてください」

そして、その抽出の中を覗いてみたが、鼠のいるようすはなかった。手を入れて、重ねてある帯の片方をつぎつぎとあげ、底までさぐってみたけれども、鼠どころか虫一疋もみあたらなかった。栄二は抽出の中を元のようにして立ちあがり、おそのの顔をにらんだ。おきみは両手で胸を抱え、怯えたような表情で栄二を見あげていた。

「ほんとよ、嘘つかない」とおそのは栄二の眼を眩しそうに避けて云った、「帯を取ろうとしたらすぐそこにしゃがんでいて、あたしのこと食いつこうとしたのよ」

栄二がなにか云おうとしたとき、廊下から名を呼ばれ、振り返るとおすえがいた。

「多市さんが呼んでいます」とおすえはこっちを見ずに云った、「尺取りをするから来て下さいって」

栄二はそれに頷いてから、おそのに向って帯のぎっしり詰っている抽出の中を指さしてみせた。そこにはどんな小さな鼠でもしゃがんでいる余地などはない、ということを示したのであろう。おそのはひょいと肩をすくめて云った。

「でもいたのよ、ほんと、こんなふうにしゃがんで、あたしのこと食いつこうと思って、こんなように歯を剥きだしていたのよ」