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さぶ
さぶ
山本 周五郎
「週刊朝日」 1963(昭和38)年1月4日号~7月5日号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 210,521 字 · 415 页
ただおかしなことに、さぶの顔の見えるときだけは、眼の前がまっ赤になって揺れた。おら、ここにいるよ栄ちゃん、ここだよと、まっ赤な色の中からさぶは呼びかけた。おどおどした眼で、口許に詫びるような微笑をうかべながら、さぶはさも心配そうにみつめるのである。それがあまりになまなましいので、栄二は首を振り、おれは大丈夫だ、そう気をもむな、そのだらしのねえ顔を引込めろよ、と云わずにはいられなくなるのだ。――手当てをされるあいだに、栄二は三度も吐いた。なんとも形容しようのない悪臭のある物で、泥と砂と腐った水の固まりのような感じであり、その匂いはいつまでも舌に残った。
枕許にはいつも与平がいた。こぶの清七もしょっちゅう覗きに来た。仕事の手を抜いて来るらしい、医者のさんてつに叱られて帰るが、またすぐ覗きに来るというふうであった。夜になると、たいてい六、七人は集まって、与平にせきたてられるまで、話したり笑ったりしていった。――医者は滝本直道といい、京橋采女町で開業してい、そこから毎日かよって来るそうであった。なぜさんてつなどと呼ばれるのか誰も知らなかったが、そう呼ばれても滝本は訂正することもなく、改めて本名を名のることもなかった。