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さぶ

さぶ

山本 周五郎

「週刊朝日」 1963(昭和38)年1月4日号~7月5日号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 210,521 字 · 415 页

青空文庫

とおのぶは云った、「――栄さんはきっと、ほかの店だって同じだって云うでしょ、そうかもしれないわ、ほかのお店でも変りはなかったかもしれないけれど、そうじゃなかったかもしれないじゃないの、そうでしょ」

「のぶ公ってやつは理屈をこねるのがうめえよ」栄二はそう云って、悪いほうの足の位置を直した、「けれどもな、おれの云いてえのはすみよしっていう店のよしあしじゃあなく、のぶ公の気性が肝心かなめだってえことなんだ、今日までやってこられたのは店のおかげじゃあねえ、のぶ公のその負けねえ性分のためなんだ、それなんだ、おれの云いてえのは」

おのぶはじっと栄二の顔をみつめ、それからゆっくりとかぶりを振った。

「あんたは世間知らずね」とおのぶは太息をつくように云った、「――そうじゃないの、そうじゃないのよ」そしておのぶはちょっと考えてから続けた、「竜が天へのぼるにも、どの雲でもいいってわけじゃない、のぼれる雲とのぼれない雲があるんですって、竜ともなれば天へのぼれる力はあるんだけれど、それでも足掛りになる雲がなければ、――なによ、なにを笑うのよ」

「いいよ」栄二は笑いやみながら片手を振った、「世間知らずが、いきなり竜になったんでびっくりしたんだ」