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さぶ

さぶ

山本 周五郎

「週刊朝日」 1963(昭和38)年1月4日号~7月5日号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 210,521 字 · 415 页

青空文庫

「なに、とりめのきみがありましてね」与平は着物の土を払いながら答えた、「夜になると、ときたま足もとが狂うんです」

「おいおい人聞きが悪いぜ」と松田はわざと眼をいからせて云った、「それじゃあまるで、寄場でろくな物を食わせねえように聞えるじゃねえか、さんてつ先生に診てもらったか」

それほどのことではないと、あいまいに笑いながら、与平は板の間へあがり、松田権蔵は習字をしている者たちと、そこに立ちはだかっている義一に眼を向けた。

「ほう、おめえ義一だな」と松田は呼びかけた、「おめえも手習いを始めるのか」

義一は「くそうくらえ」と云って、自分の居場所へ戻った。

「おい」と松田が云った、「きさまいまなんて云った」

「さあ、なんて云ったかな」義一は茣蓙の前にあぐらをかき、花札を集めながら答えた、「独り言だから覚えちゃあいねえよ、いいから気にしなさんな」

松田の顔が仇名のとおり、みるみる赤黒くふくれあがり、両の眼がぎらぎらと光って、いまにもとび出しそうにみえた。

「この、くそ野郎」と松田はどなった、「きさまはここをどこだと思ってるんだ」

義一は即座にやり返した、「――石川島の人足寄場じゃあなかったかな」