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さぶ

さぶ

山本 周五郎

「週刊朝日」 1963(昭和38)年1月4日号~7月5日号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 210,521 字 · 415 页

青空文庫

「おかみさんのほうはいいのか」

「ゆうべから御帰館なしよ、その話はあとでするわ」と云っておのぶは手酌で一つ飲んだ、「――さぬき屋さんは五日まえから来ていたの、堀の向うの吉田屋っていう宿屋に泊ってるんですって、初めに仕事の話をしてくれれば、あたしから栄さんに取次いだのに、なんにも云わないから今日までわからなかったのよ、それでも栄さんが仕事がないなんて云わなかったら、あたし取次ぎなんかしなかったかもしれないわね、なにしろ江ノ島なんて箱根山の向うですものね」

「へえ、箱根山の向うですかね」

「お酌してちょうだい」と盃を突きつけて、おのぶはすぐに舌を出した、「あ、だめか、盃のやりとりなし、酌のしっこなしね」

「酌をするよ、おかげで仕事にありついたんだからな」

「それで思い出したわ」

お松が燗のついた酒を持って来、かよいの女中が二人あらわれた。二人は「お早うございます」と挨拶したが、おのぶはそれにはうわのそらで、続けさまに飲みながら、むきになって栄二にくってかかった。

「栄さんはさっき、さぶちゃんが日稼ぎをすることや、女房に稼がせることがどうとかって云ったわね」

「よせよ、からむのはまだ早いぜ」