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さぶ
さぶ
山本 周五郎
「週刊朝日」 1963(昭和38)年1月4日号~7月5日号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 210,521 字 · 415 页
あたしまだ出たばかりなの、なんにも知らないのよ、やさしくしてね、やさしくして教えてちょうだい。あらへんね、とその女の声が続いた。どうしたの、そんなに大事がられるときびが悪いわ、もっと好きなようにしてよ。親きょうだい、ふん、だわ。誰のためでもないみんな自分がしたいからするのよ、好きでなきゃあこんなしょうばいするもんですか、親きょうだいのためだなんて、みんなよく云うけれど嘘っぱちよ、ねえ、こっちへ寄ってよ。そしてまたあの肌ざわり、搗きたての餅がへばりつくような、熱くてねっとりと密着してはなれない肌ざわりだ。栄二は強く頭を振りながら、立ちあがり、ちょっとよろめいて、あるきだした。
「あたしのことお嫁に貰ってよ」と彼はあるきながら呟いた、「――誰だっけかな、あたしのことお嫁に貰って、くれないかしら」
栄二は立停って、上わ眼づかいに空のどこかを見まもった。風が彼の着物の裾をはためかせ、乱れた髪の毛が頬をなぶった。
「おその」と彼は呟いた、「――相手は本町きっての大店の娘だ、嘘にもしろそんなことがあっては店の名にかかわる、十三、四からの幼な馴染、そうだ、縁遠い生れつきと云った、そしてあたしを嫁に貰ってくれ、――親としてはあぶないと思ったろう、おれが出入りをしていては万一のことがあるかもしれない、と思ったんじゃあねえか」