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さぶ

さぶ

山本 周五郎

「週刊朝日」 1963(昭和38)年1月4日号~7月5日号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 210,521 字 · 415 页

青空文庫

、思い切ってお店から暇を取ったの」

「だめだ」栄二は首を振った、「おれにはそんな値打ちはありゃあしねえ、詫びを入れて綿文へ帰るほうがいい」

「あたし栄さんからはなれないわ」、おすえは膝をすすめた、「女の口からこんなこと云うのは恥ずかしいけれど、あたしもうずっとまえから思いこんでいたのよ、どんな苦労をしてもいいから栄さんに貰ってもらおうって、そうしたらさぶさんから、あなたがあたしのことをどう思っているか、っていうことを聞いたの、あたしうれしかったわ」

おすえはまた、袂で顔を掩って咽びあげた。

「さぶのやつが」と栄二は呟いた、「――さぶのやつが」

「ねえ」とおすえがとぎれとぎれなふるえ声で云った、「あたしのうちへいきましょう、あなたはもういちにんまえの職人よ、芳古堂の名がなくったって、自分の腕ひとつで立派にやってゆけるわ、ねえお願い、あたしの云うことをきいてちょうだい、このとおりよ」

おすえは合掌してみせた。栄二が慌てて、よしてくれと手を振ったとき、土間で低い咳が聞え、ごめんよというさぶの声がした。おすえは眼を拭きながらいずまいを直し、栄二は腕組みをした。

「あけてもいいかい」