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さんごくし

三国志

吉川 英治

06 孔明の巻

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 161,356 字 · 323 页

青空文庫

「わが子のためじゃ。――たといここに生命を落そうと、母たるこの媼は、決して筆はとりませぬ」

「なに。嫌じゃと」

「いかに草家の媼とて、順逆の道ぐらいは知っておりまする。漢の逆臣とは、すなわち、丞相さま、あなた自身ではないか。――何でわが子を、盟主から去らせて、暗きに向わせられようか」

「うむ、婆! この曹操を逆臣というたな」

「云いました。たとい痩浪人の母として、世を細々としのごうとも、お許のごとき悪逆の手先にわが子を仕えさすことはなりませぬ」

きっぱりと云いきった。そして、さっきから目の前に押しつけられていた筆を取るやいな、やにわに庭へ投げ捨ててしまった。当然曹操が激怒して、このくそ婆を斬れと、呶号して突っ立つと、とたんに、老母の手はまた硯をつかんで、はっしと、曹操にそれを投げつけた。

四

「斬れっ、婆の細首をねじ切って取り捨てろっ」

曹操の呶号に、武士たちは、どっと寄って、老母の両手を高く拉した。

老母は自若としてさわがない。曹操はいよいよ業を煮やして、自ら剣を握った。

「丞相、大人げないではありませんか」

程は、間に立って、なだめた。

彼はいう。

「ごらんなさい。