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ことうのおに
孤島の鬼
江戸川 乱歩
「朝日」博文館、1929(昭和4)年1月号~1930(昭和5)年2月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 181,795 字 · 359 页
睡眠の為に思考力が戻って来たのが、呪わしかった。
「怖い。僕、怖い」
私は諸戸の身体をさぐって、擦り寄って行った。
「蓑浦君、僕達はもう再び地上へ出ることはない。誰も僕達を見ているものはない。僕達自身だって、お互の顔さえ見えぬのだ。そして、ここで死んでしまってからも、僕等のむくろは、恐らく永久に、誰にも見られはしないのだ。ここには、光がないと同じ様に、法律も、道徳も、習慣も、なんにもない。人類が絶滅したのだ。別の世界なのだ。僕は、せめて死ぬまでの僅かの間でも、あんなものを忘れてしまいたい。今僕等には羞恥も、礼儀も、虚飾も、猜疑も、なんにもないのだ。僕達はこの闇の世界へ生れて来た二人切りの赤坊なんだ」
諸戸は、散文詩でも朗読する様に、こんなことを喋りつづけながら、私を引寄せて、肩に手を廻して、しっかりと抱いた。彼が首を動かす度に、二人の頬と頬とが擦れ合った。
「僕は君に隠していたことがある。だが、そんなことは人類社会の習慣だ、虚飾だ。ここでは隠すことも、恥しいこともありゃしない。親爺のことだよ。アン畜生の悪口だよ。こんなに云っても、君は僕を軽蔑する様なことはあるまいね。