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ことうのおに
孤島の鬼
江戸川 乱歩
「朝日」博文館、1929(昭和4)年1月号~1930(昭和5)年2月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 181,795 字 · 359 页
私はこの三十年の生涯にそれは色々な悲しみも味って来たけれど、初代を失った時程の、深い悲しみは一度もない。私は十九の年に父親を、その翌年に一人の妹をなくしたが、生来柔弱な質の私は、その時も随分悲しんだけれど、でも、初代の場合とは比べものにはならぬ。恋は妙なものだ。世に比いなき喜びを与えてもくれる代りには、又人の世の一番大きな悲しみを伴って来る場合もあるのだ。私は幸か不幸か失恋の悲しみというものを知らぬのだが、どの様な失恋であろうとも、それはまだ耐えることが出来るであろう。失恋という間は、まだ相手は他人なのだ。だが、私達の場合は、双方から深く恋し合って、あらゆる障碍を物ともせず、そうだ、私のよく形容する様に、どことも知れぬ天上の、桃色の雲に包まれて、身も魂も、溶け合って、全く一つのものになり切ってしまっていた。どんな肉親もこうまで一つになり切れるものではないと思う程、初代こそは、一生涯に、たった一度巡り合った、私の半身であったのだ。その初代がいなくなってしまった。病死なればまだしも看病する隙もあったであろうに、私と機嫌よく分れてから、たった十時間余りの後に、彼女はもう物云わぬ悲しい蝋人形となって、私の前に横わっていたのだ。