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しきぶこうじ
式部小路
泉 鏡花
「大阪毎日新聞」1906(明治39)年1月1日~1月27日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 74,847 字 · 149 页
生鰹と売って通る。鰯こい、鰯こいは、威勢の好い小児が呼ぶ。何でも商いをして帰って、佃島の小さな長屋の台所へ、笊と天秤棒を投り込むと、お飯を掻込んで尋常科へ行こうというのだ。売り勝とう、売り勝とうと、調子を競って、そりゃ高らかな冴えた声で呼び交すのが、空気を漉して井戸の水も澄ますように。それに居まわりが居留地で、寂として静かだから、海まで響いて、音楽の神が棲む奥山から谺でも返しそうです。その音楽の神といえば、見たまえ、この硝子窓の向うに見える、下の外科室の屋根を隔てた煉瓦造りを。外国婦人が住んでいてね、私なんぞにゃ朗々としか聞えんが、およそ目には見えんで、各自はその黒髪の毛筋の数ほど、この天地の間に、天女が操る、不可思議な蜘蛛の巣ぐらいはありましょう、恋の糸に、心の情が触れる時、音に出づるかと思うような、微妙な声で、裏若いのが唱う。ピアノを調べる。時々あの向うの硝子戸を取りまわした、濃い緑の葉の中に、今でも咲いている西洋種のぼっとりした朝顔の花を透かして、藤色や、水紅色の裾を曳いたのがちらちらする。日の赫と当る時は、眩いばかり、金剛石の指環から白光を射出す事さえあるじゃありませんか。