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しん・すいこでん
新・水滸伝
吉川 英治
「日本」講談社、1958(昭和33)年1月号~1961(昭和36)年12月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 684,899 字 · 1374 页
「げッ。この秦明が?」
「覆面こそしていた由だが、火光歴々、骨柄から働き振りまで、秦明その者にまぎれなしと、目撃した兵のすべてが一致した声だ。憎ッくい奴め。よくも慕蓉の恩寵を裏切りおったな。その報復には、なんじの家族はこれこの通りだ。……天罰のほどを見よや秦明」
と、慕蓉が手をあげると、かたわらの兵が数本の槍を壁上からさし出した。見ればその槍の穂には彼の家族の首が一個ずつ刺しつらぬいてある。最愛な妻の首も中に見えた。
「あさはか者め! 五百の兵は失い、賊にはそそのかされ、あげくに何か嘘言をかまえて、家族を連れ出さんの所存であったろうが、そうはさせん。――それっ、這奴をのがすなッ」
一下の号令とともに乱箭の雨がたちどころに彼の姿をつつみ、その口からは哭くが如く、また血を吐く如き一声が、
「ああっ……」
と、聞えた。
けれど刹那には、本能的な一鞭がビシッと馬腹を打っていた。そして飛鳥のようなひるがえりを見せたと思うと、城壁の蔭からそれを狙ッて石砲の石弾がドドドッと撃ち出された。ばッと黄色い砂塵が立ち、つづいて吶喊してゆく一隊二隊が辻に見えた。しかし彼を乗せた悍馬はいくたびとなく歩兵を蹴ちらし、槍ぶすまを突破して、見るまに郊外十里の外まで彗星のように飛び去ッていた。