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ごくちゅうへのてがみ

獄中への手紙

宮本 百合子

05 一九三八年(昭和十三年)

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 229,387 字 · 453 页

青空文庫

この頃は、昼間は落付かない風が吹いていやだが、夜になるといかにも和らいだ空気ですね。灯をうけて紙に向ってさっきから仕事をしている。紙の上にペンの音が響き、ずっと遠いところを電車の音もしているが、人声はどこにも聞えず、大変心持がよい。明るさの中に何か微粒子が動いているようで、手紙を書かずに居られません。一寸ペンをもったまま傍をふり向き、この夜とこの一種の静かさの裡で顔を見たい。見えてはいるのですけれどもね。そこに在るのだが、私が顔をもってゆくと空気が動いて、心が自分の優しさに困惑する。

これからこういう夜がつづいて、ますますいろいろ勉強したり、考えたり、書いたりしたくなることでしょう。本当に静か。きのうの晩、栄さん夫妻あてのお手紙をみせてくれました。相変らずピーピー暮しだろうとは図星故、大いに笑いました。でもあすこは栄さんがああいう生活的な人柄だし、ピーピーながらも抑揚をもって毎日をすごして居ります。

話が唐突に飛ぶけれども、しゃべりつづけていなければならないというのは、何といやでしょうね。何もしゃべらず、ただ見ていたい、見て、見て、見ていたい。