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ひきょうのにちりんき

秘境の日輪旗

蘭 郁二郎

「秘境の日輪旗」少年文庫、新正堂、1942(昭和17)年9月25日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 84,829 字 · 169 页

青空文庫

かえって、汗ばんだ、上気した頬にあたる冷たい雪が、こころよかった。

若松町の高台にある、陸軍軍医学校から、左に折れて、細い路地を入ったところに、英夫の家がある。――路地の突き当りの、古ぼけた冠木門に「河井謙一」と、表札のかかっている家がそれだ。

英夫の兄弟には、両親がなかった。いや、あったことはあったのだが、英夫の四つの時に、父親が死んだ。その次の年には、母親にも死に別れなければならなかった。それ以来、兄の謙一が両親の代りになって、英夫を育ててくれた。食事や、身のまわりの世話は、遠縁にあたる小母さんがしてくれた。

謙一は、府立の中学校から陸軍士官学校に入学した。士官学校を卒業する時には、恩賜の軍刀を頂いた秀才で、殊に語学は天才的だった。支那語や、マレー語や、スペイン語なども自由に話すことが出来た。

英夫が英語とマレー語を知っているのは、謙一が熱心に教えてくれたからである。それが後で、どんなに役に立ったことだろう!

講道館で柔道を習うようになったのも、謙一の手引きだった。謙一は講道館の柔道四段なのである。

謙一は、少尉に任官すると、南支の戦場に出征した。