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ひきょうのにちりんき

秘境の日輪旗

蘭 郁二郎

「秘境の日輪旗」少年文庫、新正堂、1942(昭和17)年9月25日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 84,829 字 · 169 页

青空文庫

英夫はそろそろと、しずかに両腕を敷いて、楽に見られる姿勢をとった。

人かげは、前かがみに、しばらく左右にゆれていたかと思うと、突然、すっ! とかき消すように消えうせた。

消えうせた――のだ。

英夫は思わず目をこすった。たしかに、今まで見えていたものが、揮発油のシミのように蒸発してしまったのだ。

そんなはずがあるものか! すばやく裸足のまま床の上にとびおりると、かぎの手に曲った側を伝って、用心深く近づいて行った。

賄場には誰もいなかった。

食料品を入れておく、棚や、大きな冷蔵庫のほかには、体をかくす場所も見あたらない。――棚や冷蔵庫にひそんでいるとしても、たしかに鍵のかかっているところを見ると、窒息してしまうよりほかはないはずだった。

そのほか、ビール樽ほどの大きさの空樽や、がらくた道具しかおいてない一方の側をしらべて見たが、べつに扉らしいものもついていなかった。

若しかすると、夢を見ていたのではないかと思われるくらいだった。

しかし、決して夢ではない。証拠には、吊床――の上に戻ろうとした時、猛り狂う海鳴の音や、例の無気味なきしみ音を、はっきり身近に感ずることが出来た。