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みやもとむさし
宮本武蔵(一)
吉川 英治
Read 宮本武蔵(一) (みやもとむさし) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 231,525 characters · 463 screens
樹石問答
一
「はやく寝なさい。丈夫な体でもないのに、雨水は毒じゃということを知らんのか」
「もしっ……」
お通が、戸へすがると、
「わしは寝る。そなたも寝や」
雨戸はかたく閉められてしまった。
だがお通は、諦めなかった。屈しなかった。
床下へ入って行って、沢庵の寝床の敷かれたあたりへ、
「おねがいです! 一生のおねがいです! ……もしッ、聞えませんか、ええ沢庵さんの人非人……鬼ッ……あなたには血がかよっていないのですか」
根気よく黙りこくっていたが、とても寝つかれないとみえて、沢庵はとうとう癇癪を起したように飛び起きて呶鳴った。
「おーいッ、寺の衆っ、わしが部屋の床下に、泥棒が忍んでおるで、捕まえてくれんか」
樹石問答
一
春も、ゆうべの雨や風で、残りなく洗われてしまった。今朝は、陽の光もおそろしく強く額を射る。
「沢庵どの、武蔵はまだ生きておりますかいの」
お杉隠居は、夜が明けると、待ち遠しい楽しみでも見物に来たように寺を覗いてそういった。
「おう、おばばか」
沢庵は、縁へ出て来て、
「ゆうべの雨はひどかったのう」
「よい気味な嵐でおざった」
「だが、いくら豪雨に叩かれたとて、一夜や二夜で、人間は死ぬまいて」