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みやもとむさし
宮本武蔵(一)
吉川 英治
Read 宮本武蔵(一) (みやもとむさし) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 231,525 characters · 463 screens
四
チチ、チチ、チチ……
天守閣の廂の裏に、燕のさえずりが聞えだした。海を渡って、春は来たのだ。
その三年目である、或る日ふいに、
「武蔵、お達者か」
沢庵がひょっこり上がって来た。
「おっ……」
なつかしさに、武蔵は、彼の法衣の袂をつかんだ。
「今、旅から帰って来たのだよ。ちょうど三年目じゃ。もうおぬしも、母の胎内で、だいぶ骨ぐみが出来たじゃろうと思ってな」
「ご高恩のほど……何とお礼をのべましょうやら」
「礼? ……。ははは、だいぶ人間らしい言葉づかいを覚えたな。さあ、今日は出よう、光明を抱いて、世間へ、人間のなかへ」
四
三年ぶりに、彼は天守閣を出て、また城主の輝政の前へ連れ出された。
三年前には、庭先へ据えられたが、今日は、太閤丸の広縁の板じきを与えられ、そこへ坐った。
「どうだな、当家に奉公する気はないか」
と輝政はいった。
武蔵は、礼をのべ、身に余ることではあるが、今主人を持つ意思はないと答えて、
「もし私が、この城に御奉公するならば、天守閣の開かずの間に、夜な夜な噂のような変化の物があらわれるかも知れませぬ」
「なぜ?」
「あの大天守の内を、燈心の明りでよく見ますと、梁や板戸に、斑々と、うるしのような黒い物がこびりついています。