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みやもとむさし
宮本武蔵(一)
吉川 英治
Read 宮本武蔵(一) (みやもとむさし) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 231,525 characters · 463 screens
二
「生きてるとも、死んでたまるか。又やんも、死ぬなよ、犬死するなっ」
「くそ、死ぬものか」
友の側へ、又八は、やがて懸命に這って来た。そして、武蔵の手をつかんで、
「逃げよう」
と、いきなりいった。
すると武蔵は、その手を、反対に引っぱり寄せて、叱るように、
「――死んでろっ、死んでろっ、まだ、あぶない」
その言葉が終らないうちであった。二人の枕としている大地が、釜のように鳴り出した。真っ黒な人馬の横列が、喊声をあげて、関ヶ原の中央を掃きながら、此方へ殺到して来るのだった。
旗差物を見て、又八が、
「あっ、福島の隊だ」
あわて出したので、武蔵はその足首をつかんで、引き仆した。
「ばかっ、死にたいか」
――一瞬の後だった。
泥によごれた無数の軍馬の脛が、織機のように脚速をそろえて、敵方の甲冑武者を騎せ、長槍や陣刀を舞わせながら、二人の顔の上を、躍りこえ、躍りこえして、駈け去った。
又八は、じっと俯ッ伏したきりでいたが、武蔵は大きな眼をあいて、精悍な動物の腹を、何十となく、見ていた。
二
おとといからの土砂降りは、秋暴れのおわかれだったとみえる。九月十七日の今夜は、一天、雲もないし、仰ぐと、人間を睨まえているような恐い月であった。