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みやもとむさし
宮本武蔵(一)
吉川 英治
Read 宮本武蔵(一) (みやもとむさし) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 231,525 characters · 463 screens
孫子
一
堤を切った濁流へ自失の声を揚げるように下では騒いでいる。武蔵は、大屋根のまん中へ出て、悠々と、着物を着ていた、そして歯で帯の端を咬み裂き、濡れ髪をうしろに束ねて、根元を自分でかたく結んだ。眉も、眼じりも、引ッ吊れるほどに。
大空は一面、春の星であった。
孫子
一
「おおうーいっ」
此方の山で呼ぶと、向うの山でも、
「オウーイ」
と、遠く答えてくる。
毎日の山狩だ。
飼蚕の掃きたても、畑打ちも手につかないのである。
当村、新免無二斎の遺子武蔵事、予而、追捕お沙汰中の所、在所の山道に出没し、殺戮悪業いたらざるなきを以て、見当り次第成敗仕る可者也、依而、武蔵調伏に功ある者には、左之通り、御賞を下被。
一 捕えたるもの 銀 十貫
一 首打ったるもの 田 十枚
一 匿れ場所告げたるもの 田 二枚
以上
慶長六年 池田勝入斎輝政 家中
こういう物々しい高札が、庄屋の門前や、村の辻に、いかめしく立った、本位田家のまわりは、武蔵が復讐に来るだろうという噂で、お杉ばばも家族も、戦々兢々として門を閉じ、出入り口にも鹿垣を作った。姫路の池田家から応援に来た人勢は、そこにも夥しくいて、万一武蔵が出てきた場合は、法螺貝や寺の鐘や、あらゆる音響で互いに連絡をとり、袋づつみにしてしまおうと作戦は怠りない。