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みやもとむさし

宮本武蔵(一)

吉川 英治

Read 宮本武蔵(一) (みやもとむさし) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.

N2 · advanced · modern kanji and kana · 231,525 characters · 463 screens

Aozora Bunko

河っ童

一

真っ直に、群衆の中を割って歩み続けた。

「それ、逃げる」

隠居が、あわてると、

「逃がすな」

駕かき達は、どっと、駈け雪崩れて、先廻りに、囲みを作った。

「……あれ?」

「おや?」

囲いは作ったが、もうその中に、武蔵はいなかった。

――後で。

三年坂や茶わん坂を、ちりぢりに帰る群衆のうちで、あの時、武蔵のすがたは、西門の袖塀の六尺もある築土へ、猫のように跳び上がって、すぐ見えなくなったのだ――と取沙汰する者もあったが、誰も信じなかった。権叔父やお杉ばばは、なお信じるはずもない。御堂の床下ではないか、裏山へ逃げたのではないかと、陽の暮れるまで、狂奔していた。

河っ童

一

どすっ、どすっ……と藁を打つ鈍い杵の音が細民町を揺すっている。雨はそこらの牛飼の家や、紙漉きの小屋を秋のように、腐らせていた。北野も、この辺は場末で、黄昏れとなっても、温かい炊飯の煙がただよう家は稀れだ。

き、ち、ん。

と笠へ仮名で書いたのが軒端にぶら下げてある、そこの土間先につかまって、

「爺さん! 旅籠の爺さん! ……留守かい」

元気のいい、身長よりも大きな声で、いつも廻って来る居酒屋の小僧が、怒鳴っていた。