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みやもとむさし
宮本武蔵(一)
吉川 英治
Read 宮本武蔵(一) (みやもとむさし) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 231,525 characters · 463 screens
八
「では」
と、ついに何もかも先の好意に甘えて、武蔵が草鞋の緒をむすびかけていると、
「おう、お客さま、まだいらっしゃいましたか」
この家の親戚という宗因饅頭の女房が息をきって門へ入って来た。そして武蔵と、自分の姉になる後家の主へむかい、
「だめですよ、お客さま、お立ちどころではありません、たいへんです、とにかくもう一度二階へおもどりなさいませ」
何か怖ろしいことに、背を脅かされてでもいるように、歯の根の合わない声音でいうのであった。
八
武蔵は、草鞋の緒を、両足ともに結んでしまってから、静かに顔をあげた。
「何ですか、大変とは」
「あなたが、今朝ここを立つのを知って、宝蔵院のお坊さま達が、槍を持って、十人余も連れ立ち、般若坂のほうへ行きました」
「ほ」
「その中には、院主の宝蔵院の二代様も見え、町の衆の眼をそばだたせました。何か、よほどな事が起ったのであろうと、宅の主が、その中の懇意なお坊さまをとらえて訊いてみると、おまえの親戚の者の家に四、五日前から泊っている宮本という男が、きょう奈良を離れるらしいから、途中で待ちうけるのだと申すではございませんか」
宗因饅頭の女房は、青眉のあとを顫かせて、今朝奈良を立つことは、生命をすてに立つようなものであるから、二階へかくれて、夜を待って、抜け出したほうがよいと、こうしている間