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みやもとむさし
宮本武蔵(一)
吉川 英治
Read 宮本武蔵(一) (みやもとむさし) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 231,525 characters · 463 screens
六
「畜生……」
又八は身をふるわした。
「畜生め」
涙が滲む。骨の髄から泣きたくなる。
なぜ! なぜ! おれはあの時宮本村の故郷へ帰らなかったろうか。お通の胸へ帰らなかったか。
あのお通の純な胸へ。
宮本村には、おふくろもいる。分家の聟、分家の姉、河原の叔父貴――みんな温ッたかい!
お通のいる七宝寺の鐘はきょうも鳴っているだろう。英田川の水は今もながれているだろう、河原の花も咲いていよう、鳥も春を歌っているだろう。
「馬鹿。馬鹿」
又八は、自分の頭を、自分の拳で撲った。
「この馬鹿ッ」
六
ぞろぞろと連れ立って、今、家を出かけるところらしい。
お甲、朱実、清十郎、藤次。――ゆうべから流連けの客二人に母娘二人。
はしゃぎ合って、
「ほう、戸外は春だの」
「すぐ、三月ですもの」
「三月には、江戸の徳川将軍家が、御上洛という噂。おまえ達はまた稼げるな」
「だめ、だめ」
「関東侍は遊ばぬか」
「荒っぽくて」
「……お母さん、あれ、阿国歌舞伎の囃子でしょう。……鐘の音が聞えてくる、笛の音も」
「ま――。この娘は、そんなことばかりいって、魂はもう芝居へ飛んでいるのだよ」
「だって」
「それより、清十郎様のお笠を持っておあげ」