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みやもとむさし
宮本武蔵(一)
吉川 英治
Read 宮本武蔵(一) (みやもとむさし) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 231,525 characters · 463 screens
と、誰かいう。
見ると、茶屋の亭主だった。
「おう、今ほどは、お世話になった。――何処へお出でか」
「龍野まで」
「これから? ……」
「龍野まで行かねば医者はございませぬでの。これから、馬で迎えて来ても、帰りは夜中になりますわい」
「病人は、御家内か」
「いえいえ」
亭主は、顔をしかめ、
「嬶や、自分の子なら、為方もないが、ほんの床几に休んだ旅の者でな、災難でござりますわ」
「先刻……実は裏口からちょっと見かけたが……旅の者か」
「若い女子でな。店さきに休んでいる間に、悪寒がするというので、捨ててもおけず、奥の寝小屋を貸しておいたところ、だんだん熱がひどうなって、どうやらむつかしい様子なのじゃ」
お杉隠居は、足をとめて、
「もしやその女子は、十七ぐらいの――そして、背の細ッそりした娘じゃないか」
「左様。……宮本村の者だとは申しましたが」
「権叔父」
と、お杉隠居は、眼くばせをして、急に、帯を指先でさぐりながら、
「しもうたことした」
「どうなされた」
「数珠をな、茶屋の床几へ、置き忘れたらしい」
「それはそれは。てまえが、取って参りましょう」
と、亭主が走りかけると、
「なんのいの、おぬしは、医者へ急ぐ途中、病人が大事じゃ程に、先へ去んで下され」