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みやもとむさし
宮本武蔵(一)
吉川 英治
Read 宮本武蔵(一) (みやもとむさし) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 231,525 characters · 463 screens
弱い武蔵
一
「谷は、浅いが、暗いのが閉口じゃわ。茶屋へもどって、松明など持って来ねば」
孟宗竹の崖ぶちから覗きこんで、ためらっていると、
「ええ、何を悠長な!」
と、お杉は権叔父の背なかを突きとばした。
「あっ」
――ザザザッと、笹落葉の崖を駈け辷って行った大きな足音が、やがて、遥か闇の下で止まると、
「くそばば。何を無茶しやるぞっ。汝も早う降りて来うっ!」
弱い武蔵
一
きのうも見えたが、また、きょうも見える。
日名倉の高原の十国岩のそばに、その岩の頭が欠け落ちたように、ぽつんと、一個の黒い物が坐っている。
「――なんだろう」
と、番士たちは、小手をかざしていた。
生憎と、陽のひかりが虹のように漲っていてよく見さだめがつかない。そこで一人が、
「兎だろう」
と、よい加減にいうと、
「兎より大きい。鹿だ」
と一方はいう。
いや違う、鹿や兎があんなにじっとしている筈はない、やはり岩だ、と傍らから他の者が唱えると、
「岩や木の株が、一夜に生えるはずはない」
と、異説が出る。
するとまた、饒舌なのが、
「岩が一夜に生える例はいくらもある。隕石といって、空から降る」
と、交ぜかえす。
「まあ、どうでもいいじゃないか」