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みやもとむさし
宮本武蔵(一)
吉川 英治
Read 宮本武蔵(一) (みやもとむさし) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 231,525 characters · 463 screens
番所に詰めている山目付の武士が来て、そう聞くと、
「よし、俺に貸せ」
と、弓を取った。これは、腕において、明らかに、段がちがう。
満をひいて、矢筈をキキと鳴らしたと思うと、山目付は、弦をもどして、
「こいつは、滅多に放せん」
「なぜですか」
「あれは、人間だ。――人間とすれば、仙人か、他国の隠密か、谷へとび込んで死のうと考えている奴か。とにかく、捕まえて来い」
「それみろ」
先に、人間説を唱えた番士は鼻うごめかして、
「はやく来い」
「オイ待て。捕まえるはいいが、何処からあの峰へ渡るか」
「谷づたいでは」
「絶望だ」
「為方がない、中山のほうから廻れ」
じっと、腕を拱んだまま、武蔵は、谷をへだてて見える日名倉の番所の屋根を睨んでいた。
幾棟かあるあの屋根下の一つには、姉のお吟が捕まっているのだと思う――
だが、彼は、きのうも一日こうして坐りこんでいたし、今日も、容易に起ちあがる気色はなかった。
二
なんの番所侍の五十人や百人。
ここまでは、そう思って来た武蔵であったが――さて。
彼は、坐りこんで、その番所が一目に見える所からつらつら地の理を按じるに、一方は深い谷間、往来は二重木戸。