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みやもとむさし
宮本武蔵(一)
吉川 英治
Read 宮本武蔵(一) (みやもとむさし) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 231,525 characters · 463 screens
「では、私は、どこまでも、お慕い申します。ご修業の邪魔さえしなければよいのでしょう。……ね、そうでしょう」
「…………」
「きっと、邪魔にならないようにしますから」
「…………」
「ようございますか、黙って行ってしまうと、私は怒りますよ。ここで待っていてくださいね。……すぐ来ますから」
そう自問自答して、お通は、いそいそと、橋袂の籠細工屋のほうへ駈けて行く。
武蔵は、その隙に、反対の方へ、眼をつぶって駈け去ってしまおうとしたのである。だが意志がわずかにうごいただけで、脚は釘で打ちつけられたように動かなかった。
「――嫌ですよ、行っては」
振向いて、お通が、念を押していう。その白い笑靨へ、武蔵は思わずうなずきを見せてしまった。彼女は、相手の感情を受けとると、もう、安心したように、籠細工屋の内へかくれた。
今だ。――去るならば。
武蔵の心が、武蔵を打つ。
だが、彼の瞼には、今のお通の白い笑靨が――あの哀れっぽいような愛くるしいような眸が――体を縛りつけていた。
いじらしい! あれまでに自分を慕ってくれるものが、姉以外にこの天地にあろうとは思えない。
しかも決して、嫌いではないお通である。