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みやもとむさし
宮本武蔵(一)
吉川 英治
Read 宮本武蔵(一) (みやもとむさし) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 231,525 characters · 463 screens
口を酢くして、その危険であることの、実例をいろいろ挙げて引き止めるのだった。
奈良といえばすぐさびた青丹の伽藍と、鹿の目が連想され、あの平和な旧都だけは、戦乱も飢饉もない無風帯のように考えられているが、事実は、なかなかそうでない。――と茶売りの老人は自分も一服のんで説く。
なぜならば――関ヶ原の役の後は、奈良から高野山にかけて、どれほど、沢山な敗軍の牢人たちが隠れこんだかわからない。それが皆、西軍に加担した大坂方だ。禄もなし、他の職業につく見込みもない人々だ。関東の徳川幕府が、今のように隆々と勢力を加えてゆく現状では、生涯、大手を振って陽なたを歩くこともできない連中なのだ。
何でも、世間一般の定説によると、関ヶ原の役では尠くも、そういう扶持離れの牢人者が、ここ五年ほどでざっと十二、三万人は出来ているだろうとのことである。
あの大戦の結果、徳川の新幕府に没収された領地は六百六十万石といわれている。その後、減封処分で、家名の再興をゆるされた分を引いても、まだ取りつぶしを食った大名は八十家に余るし、その領土の三百八十万石というものは改易されている。ここから離散して、諸国の地下に潜った牢人者の数を、仮に百石三人とし、本国にいた家族や郎党などを加算すると、どう少なく見積っても、十万人は下るまいという噂。