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みやもとむさし
宮本武蔵(一)
吉川 英治
Read 宮本武蔵(一) (みやもとむさし) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 231,525 characters · 463 screens
「いや、くれぐれも、頼んでおいたのだが。――まあよいわ、ご苦労だった」
「これは吉岡道場の返辞」
と城太郎は、首にかけて来た竹筒から、返書を出して武蔵にわたし、
「――それから、もう一つのほうの使い、本位田又八という人には、会えなかったから、そこの家の者に、おじさんの言伝てだけをよく頼んで帰って来たよ」
「大儀大儀。――さあ風呂へでも入れ、そして階下で御飯を食べてこい」
「ここは宿屋?」
「む。宿屋のようなものだ」
城太郎が降りて行った後で、武蔵は、吉岡清十郎からの返書を開いて見た。――再度の試合は当方の望むところである。もし約束の冬まで来訪がない時は、臆病風にふかれて踪跡をくらましたものと見なし、貴公の卑劣を天下に笑ってやることにするから、そのつもりでおられたい。
代筆とみえ、文辞も拙く、ただこんなふうに気負った言葉が書きつらねてある。武蔵は手紙を裂くと、それを燭にかざして焼いてしまった。
蝶の黒焼みたいな灰がふわふわと畳にこぼれてうごいている。試合とはいえ、この手紙のやり取りは、果し合いの約束に近い。この冬、この手紙から、誰がこういう灰になるのか。
武蔵は、兵法者の生命というものが、朝に生れて夕には分らないものであるという覚悟だけは、常に持っていた。