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みやもとむさし
宮本武蔵(一)
吉川 英治
Read 宮本武蔵(一) (みやもとむさし) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 231,525 characters · 463 screens
領主がよくて領民がよいばかりではない、朝夕の笠置の山はきれいだし、水は茶に汲んで飲むと甘味い。――それからまた梅花の月ヶ瀬が近くにあるので、鶯の音は雪の解けない頃から、雷鳴の多い季節まで絶えることはなく、その音色はまた、この山の水よりも清い。
詩人は、――英雄生ル所山河清シ、といったが、こんな郷土から、もし一人の偉人でも生まれなかったら、詩人は嘘つきといってよいし、ここの山河は、ただ美しいのみで不産女の風景といってもいい。でなければ郷土の血液がよほど頑愚か、どっちかであるが、やはりここには人傑が出ていた。領主の柳生家の血が証拠だてている。また、畑から出て、軍のたびに功を立て、よい家臣となって随身している家中にも、優れた人物がすくなくない。それはみなこの柳生谷の山河と鶯の音が産んだ英雄といえるのである。
今はその「石垣のお館」には、隠居された柳生新左衛門尉宗厳が、名も石舟斎と簡素に改めてしまって、城からすこし奥の小やかな山荘にかくれ、政務を執る表のほうには、誰が今、家督の任に当っているのか分らないが、石舟斎には、いい子どもや孫がたくさんにあるし、家臣にも頼み甲斐ある者が多いから、石舟斎が民を見ていた時代となんの変りもなかった。