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みやもとむさし
宮本武蔵(一)
吉川 英治
Read 宮本武蔵(一) (みやもとむさし) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 231,525 characters · 463 screens
六
「でも、面白い人ですね」
「すこし、面白すぎますよ」
「いつ頃までいるんです?」
「そんなこと、わかるもんですか、いつも、ふらりと来て、ふらりと消えてしまう。まるで、どこの家でも、自分の住居と心得ている人ですもの」
縁がわの方から、沢庵は、身をのばして、
「聞えるぞ、聞えるぞ」
「悪口をいっていたのじゃありませんよ」
「いってもよいが、なにか、あまいものでも出ないのか」
「あれですもの、沢庵さんと来たひには」
「なにが、あれだ、お通阿女、お前のほうが、虫も殺さない顔して、その実、よほど性が悪いぞ」
「なぜですか」
「人にカラ茶をのませておいて、のろけをいったり泣いたりしている奴があるかっ」
六
大聖寺の鐘が鳴る。
七宝寺のかねも鳴る。
夜が明けると早々から、午過ぎも時折、ごうんごうんと鳴っていた。赤い帯をしめた村の娘、商家のおかみさん、孫の手をひいてくる老婆たち。ひっきりなし寺の山へ登って来た。
若い者は、参詣人のこみあっている七宝寺の本堂をのぞき合って、
「いる、いる」
「きょうは、よけいに綺麗にして」
などと、お通のすがたを見て、囁いて行く。
きょうは灌仏会の四月八日なので、本堂の中には、菩提樹の葉で屋根を葺き、野の草花で柱を埋めた花御堂ができていた、御堂の中には甘茶をたたえ、二尺ばかりの釈尊の黒い立像が天上天下を指さしている