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みやもとむさし

宮本武蔵(一)

吉川 英治

Read 宮本武蔵(一) (みやもとむさし) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.

N2 · advanced · modern kanji and kana · 231,525 characters · 463 screens

Aozora Bunko

して、あの何も知らずにいる故郷のお通へ宛てて、飛脚で出してしまったものである。

「――ああ、どう思ってるだろうなあ? お通は……お通は」

狂わしく又八は呟いた。

「今頃は? ……」

悔いの瞼に、お通が見える。恨めしげなお通の眼が見える。

故郷の宮本村にも、そろそろ春が訪れていよう。きょうも、なつかしいあの川、あの山々。

又八は、ここから叫びたくなった。そこにいるお母、そこにいる縁者たち、みんな温ッたかい! 土までもぽかぽか温ッたかい!

「二度と、もうあの土は踏めないのだ。――それもみんな、こいつのためだ」

お甲の衣裳つづらを打ちまけて、又八は、手当り次第に引ッ裂いた。裂いては、家中へ蹴ちらかした。

と、――さっきから表の暖簾口で、訪れている者があった。

「ごめん。――四条の吉岡家の使いでござるが、若先生と、藤次殿が参っておりませぬか」

「知らぬっ」

「いや、参っているはずでござる。隠れ遊びの先へ、心ない業とは承知しておりますが、道場の一大事――吉岡家の名にもかかわること――」

「やかましい」

「いや、お取次でもよろしい。……但馬の士宮本武蔵という武者修行の者、道場へ立ち寄り、門弟たちに立ち対える者一人もなく、若先生のお帰りを待とうと、頑として、動かずにおりますゆえ、すぐお帰りねがいたいと」