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みやもとむさし
宮本武蔵(一)
吉川 英治
Read 宮本武蔵(一) (みやもとむさし) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 231,525 characters · 463 screens
「あけ坊」
朱実のそばへ歩いて来た。黄いろい歯を剥いて笑いかけるのである。しかし、朱実の顔には、白い戦慄しかなかった。
「おふくろは、家にいるか」
「ええ」
「帰ったらよくいっておけよ。俺の眼をぬすんでは、こそこそ稼いでいるそうだが、そのうちに、年貢を取りにゆくぞと」
「…………」
「知るまいと思っているだろうが、稼いだ品を売かした先から、すぐ俺の耳へ入ってくるのだ。てめえも毎晩、関ヶ原へ行ったろう」
「いいえ」
「おふくろに、そういえ。ふざけた真似しやがると、この土地に置かねえぞと。――いいか」
睨みつけた。そして、運ぶにも重たそうな体を運んで、のそのそと沢のほうへ降りて行った。
「なんだい、あいつは?」
武蔵は、見送った眼をもどして、慰め顔に訊いた。朱実の唇はまだ脅えをのこして、
「不破村の辻風」
と、かすかにいった。
「野武士だね」
「ええ」
「何を怒られたのだい?」
「…………」
「他言はしない。――それとも、俺にもいえないことか」
朱実はいいにくそうに、しばらく惑っているふうだったが、突然、武蔵の胸にすがって、
「他人には、黙っていてください」
「うむ」
「いつかの晩、関ヶ原で、私が何をしていたか、まだ兄さんには分りません?」