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さぶ

さぶ

山本 周五郎

「週刊朝日」 1963(昭和38)年1月4日号~7月5日号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 210,521 字 · 415 页

青空文庫

七の四

「わからねえ、わからねえがいってみてえと思うんだ」

栄二は黙ってあるきだした。万吉も並んでゆきながら、棒かなんか持ってったらどうだろうと囁いた。栄二はよせよと首を振り、おれ一人でいいからおまえは待っていろと云った。もちろん万吉は承知せず、おれが云いだしたことだからと、肩をゆすってりきんだ。

そこはかれらが護岸工事をした海辺で、十枚ばかりの畑のほかに、雑草の生えた空地があった。いちど栄二が夜の海を見に来たときは、工事をしているさいちゅうで矢来はなかったが、いまは海に沿って高さ九尺の矢来がまわしてある。二人が畑のあいだをぬけて空地へはいると、万吉が栄二の袖を引いて、「しっ」と云った。

七の四

栄二が立停ると、万吉は身を跼めて向うをうかがった。雨にでもなりそうな空もようで、星一つ見えない闇夜だったが、海の上には遠い、釣舟のものらしい灯が、淡い橙色にまたたいていた。

「どうした」と栄二が囁いた、「いるのか」

万吉はまた「しっ」と云い、足音を忍ばせてあるきだしたが、五、六歩いったところで立停り、そっと前方を指さした。雑草の伸びはじめた空地に、腰をおろしている人の姿が、闇の中で黒いしみのように見えた。