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さぶ

さぶ

山本 周五郎

「週刊朝日」 1963(昭和38)年1月4日号~7月5日号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 210,521 字 · 415 页

青空文庫

しずまれ、順を守れと制止する声も、かれらにはもう聞えはしないようで、われ勝ちに門のほうへと揉んでいった。栄二も押されたり突かれたりしながら、建物の角をまわり、大川に面した矢来に沿って、船着場の手前までいった。すると、人の浪はそこで停り、その向うの門番所のところで、誰かがしきりに絶叫していた。

そこは役所の建物が壁になって、風もいくらか弱く、番所の高張提灯がはためきながら光を投げていた。栄二は乱暴に人をかきわけてそっちへいった。絶叫しているのはこぶの清七で、彼は双肌ぬぎになり、いつかの掛矢を頭上にふりかざしていた。

「戻れ、こいつら、あとへ戻れ」とこぶは云った、「女と病人はいいが、達者な者は残るんだ、おらたちはこの島で生きてきた、この島には大恩があるし、これからもここで生きてゆくんだ、大恩のあるこの島から逃げだすような野郎は、おらがぶち殺してくれるぞ、さあ通れるものなら通ってみろ」

「そうだ、残るんだ」と栄二が人の群れの中で声かぎり叫んだ、「ここから出ていっても、島ぬけとみられてどんなめにあうかわからねえぞ」

人足たちの耳に「島ぬけ」という言葉がするどく響いた。