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さぶ

さぶ

山本 周五郎

「週刊朝日」 1963(昭和38)年1月4日号~7月5日号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 210,521 字 · 415 页

青空文庫

空はまっ暗だが、烈風のため、雲が異常な早さで北へ北へとはしり、その雲の切れめに、ときたま星のきらめくのが認められた。

「もう掘るのはよせ」という岡安喜兵衛の声が聞えた、「それはもう役に立たない、みんなあがれ」

「水もこれ以上は来ねえ」と松田が栄二に云った、「満潮はもう過ぎた、あがろうぜ」

「おらあこぶのようすをみてくる」

「こぶがどうした」

「油の壺を流されねえようにって、油部屋のほうへいった」

「よせ、あっちはまともに波をかぶってる、おめえがいったってどうなるもんか、野郎は大丈夫だ」

「念のためだ」と栄二は叫んだ、「ちょっといってみてくる」

よせ、ぶしゅうと松田が喚いた。栄二は鍬を突いて地面をさぐりながら、水の中をあるきだした。水というより荒波といったほうがいい、少しゆくと胸まである水が、絶えず波立ってぶっつかるし、その波の砕けるしぶきは砂でも叩きつけるようにばしばしと顔を打った。そのうえに、水は休みなく寄せたり引いたりするから、うっかりすると足を取られそうになる。栄二は鍬を杖のように使って、水の力とたたかいながらけんめいに進んだ。

油部屋の建物は役所から二十間たらずのところにあったが、そこへ辿り着くまでに半刻もかかったかと思われた。