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さぶ

さぶ

山本 周五郎

「週刊朝日」 1963(昭和38)年1月4日号~7月5日号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 210,521 字 · 415 页

青空文庫

おすえは「ありがと」と囁き声で云い、くるっと向き直って小走りに去った。栄二はそっちを見なかった。顔は赤くなったままで、深い呼吸をするために、胸が見えるほど波打っていた。

「栄二」と呼ぶ声がした、「ちょっと」

格子戸の中から多市が覗いていた。栄二は悪いことでもみつけられたように、どぎまぎしながらそっちへいった。

「先に帰ってくれ」と多市は云った、「旦那の酒のお相手だ、うんざりだがしようがねえ、親方にそう云っといてくれ」

上り端の六帖では、小僧がまだ麻袋を重たそうに板へ打ちつけていた。栄二は多市に頷いて、そこから去った。

「大きくなった、か」道をあるきながら、栄二はそっと呟いて微笑した、「てめえだって大きくなったくせに、――躯つきも顔もあのころとちっとも変っちゃいねえ、十三のときもいまのまんまだった」

女は十三になるともう、顔も躯も娘になってしまうのかな、おかしなもんだなと思って、栄二はまた微笑した。

小舟町へ帰ると、休みだから店は閉めてあり、栄二は横の木戸からはいった。すると、裏の狭い空地でさぶが糊の仕込みをしていた。裾を端折り、襷を掛け、五升樽くらいの桶に向って、小さな腰掛にかけたまま、桶の中へ両手を入れて揉み出しをしていた。