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さぶ
さぶ
山本 周五郎
「週刊朝日」 1963(昭和38)年1月4日号~7月5日号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 210,521 字 · 415 页
茶漬を食いに天竺までいけってようなもんだ、と誰かが云った。
毎月一の日の休みが、心学講話と習字の日にきめられ、もっこ部屋からも五、六人の者がでかけていった。おかしなことだが、それらはみな栄二と机を並べたことのない、つまり、栄二といっしょに手習いをするなかまにそっぽを向いていた者ばかりであった。
「私も気がつかなかったが、ものごとはむつかしいもんだな」と与平が云った、「あの連中はそねんでいたんだ、栄さんのまわりに集まって、みんなが手習いをしているとき、寄りつきもせずにいながら、本当は自分たちもなかまにはいりたかったんだろうね」
「悪いことをしたな」と栄二が云った。
彼は誰をさそった覚えもない。教えてくれと云う者に教えただけで、もともと自分ひとりでやるつもりだった。さぶの字からなにかをまなびたいと思い、そうすることで、躯の不自由な苛立ちを一刻でもまぎらわしたかったのである。けれども、同じ部屋に二十余人が同居している、ということを考えなければいけなかった。自分を中心に十人ほどが机を並べるとすれば、みんなもどうだと、声ぐらいかけるのが当然であろう。知らなかったな、と栄二は自分に舌打ちをした。