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さぶ
さぶ
山本 周五郎
「週刊朝日」 1963(昭和38)年1月4日号~7月5日号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 210,521 字 · 415 页
――こんなことで怒るなよ、栄二は自分にそう云いきかせながら、筆を置いてうしろの撞木杖を取り、土間のほうへいざっていった。そのときさぶが、風呂敷包みを持って戸口から覗いた。りゅうの躯が邪魔になって、すぐには中へはいれないのであった。
「いまそっちへいくよ」と栄二が呼びかけた、「外で話そう」
ゆっくりしな、と義一のまわりで誰かの云うのが聞え、二、三人がくすくす笑った。栄二が戸口へ近よってゆくと、りゅうはさも面倒くさそうに、のろのろと脇へよけた。
「なにかあったのかい」いっしょにあるきだしながらさぶがきいた。
栄二は首を振った、「外へ出てみたかったんだ、足もならさなくちゃあならないからな」
「しかしいまのあの連中」
「あいつらのことは云うな」と栄二はさぶの言葉を遮った、「海のほうへいってみよう」
杖を使ってあるく栄二の姿を、さぶはしんそこいたましそうな眼で見た。すぐに顔をそむけたが、栄二は「あれだ」あの眼だ、と心の中で叫んだ。いつか夢の中でみた、石と石のあいだから覗いていたさぶは、いまとそっくりな眼つきだった。死なないでおくれ栄ちゃん、おらあおめえだけが頼りなんだ、とあの眼つきで叫んでいたのだ。