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さぶ

さぶ

山本 周五郎

「週刊朝日」 1963(昭和38)年1月4日号~7月5日号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 210,521 字 · 415 页

青空文庫

「覚えているかい、栄ちゃん」さぶは深い溜息をしてから云った、「十五の年の冬だったっけ、おれが店をとびだして、葛西の田舎へ帰ろうとした、雨に濡れながら両国橋を渡ってると、栄ちゃんが追っかけて来たっけ」

「よせよ、そんな古い話」

「おれが頑固に田舎へ帰るって云うと、栄ちゃんは雨の中をいつまでもついて来て、とうとうおれが店へ戻る、って云うまではなれなかった、――栄ちゃん、どういうわけであんなにまでしてくれたんだい、どうしてだい」

「そりゃあ、おめえが友達だからよ」

「ほかにも友達はいたぜ、店で仲がよかったのは五郎あにい、栄ちゃんのことをずいぶん可愛がっていたし、町内の菓子屋の清ちゃん、畳屋の増さん、みんな栄ちゃんと仲のいい友達だった、おらあその中でもいちばん能なしのぐずで、なんの取柄もねえ小僧だったんだ、そのおれをどうしてまた、あんなに親身になって心配してくれたんだい、どういうわけだい、栄ちゃん」

「だからよ」と栄二は吃った、「おめえはおれの友達だし、葛西のうちの内情も聞いていたからだろうさ、ともかく、おれはおめえに出ていかれたくなかったんだ」

さぶはさぐるような調子できき返した、「青木さんや岡安さんが心配するのも、それと同じことだとは思えないかい、栄ちゃん」