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さぶ
さぶ
山本 周五郎
「週刊朝日」 1963(昭和38)年1月4日号~7月5日号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 210,521 字 · 415 页
まだそうよろこぶのは早い、仕事が仕上がってからのことだ、と栄二は云おうとしたが、そんなにうれしがるほど気に病んでいたのかと思うと、そのよろこびに水をさす気にはなれなかった。――めしが終るとすぐに、栄二は注文帳を書いた。絵襖には裏打ちの紙が幾種類か必要である、描いてあるのが紙本の場合と絹本の場合とで、薄美濃とか雁皮などの、じかに貼る肌裏や、中裏、増裏など、それぞれ表に合った性質の紙を使わなければならないし、もちろん手漉きだから、同じ美濃でも粗密や薄手厚手があるし、紙の地にむらのないことも、大事な条件となる。――これらを選ぶには、ながい経験と勘によるほかはなく、さぶでは少しこころもとないのだが、注文してもすぐ手にはいるとは限らないので、差当り彼に頼むよりしかたがなかった。
「明日さぶが来たら」と栄二は書き終った注文帳をおすえに見せて云った、「これは本石町の大和屋へ持っていって、十日以内にこれだけ揃えてもらいたいと、注文するように云ってくれ」
「本石町の大和屋ですね」
「本石町四丁目の大和屋三郎兵衛っていう紙屋だ」と念を押して栄二は云った、「さぶは榛原っていうかもしれない、芳古堂ではずっと榛原だったから、けれどもおれは大和屋にするってな、忘れないでくれよ」