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さぶ

さぶ

山本 周五郎

「週刊朝日」 1963(昭和38)年1月4日号~7月5日号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 210,521 字 · 415 页

青空文庫

「お稽古って、いまなにをやってるんです」

「あらいやだ、長唄じゃないの」おそのは栄二の膝を手で叩いた、「このまえ総ざらいに来てくれたんじゃなかったの、ねえ、さぶちゃん」

「ええ」さぶは頭のうしろへ手をやった、「矢の倉の和泉楼でしたっけ」

「栄ちゃんは来てくれなかったの」

「いきましたよ」と云って栄二は左手の指を一本ずつ、手拭で念入りに拭いた、「――おととしと同じ道成寺、よく飽きねえもんだって、おどろきましたよ」

「憎らしい、誰が飽きないのよ」

「師匠がね」

ぶつわよ、とおそのが大きな眼で睨み、栄二は立ちあがって、手を洗って来ます、と云いながら廊下へ出ていった。

「いまのは口だけですよ」さぶがとりなすように、吃りながら云った、「ええ、本当は感心していたんです」

「嘘、誰が感心なんかするもんですか、自分で自分にあいそがつきてるんだもの」と云っておそのは吃驚したように眼をみはった、「ほんとだ、栄ちゃんの云うとおりだわ」

そして笑いだし、ほんとにお師匠さんがよく飽きないものだわ、と云いながら胸を押え、身を跼めて笑った。さぶは自分がなにか失敗でもしたように、まるっこい顔を赤らめ、糊皿を脇へ動かしたり、反故紙を重ね直したりした。