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うえすぎけんしん
上杉謙信
吉川 英治
「週刊朝日」1942(昭和17)年1月4日号~5月24日号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 129,102 字 · 256 页
「お答え申しあげよ」
と、促した。
下野は、片眼を、ちらと、貴賓に向けて、
「おたずねを賜わって、畏れいりまする。祖先斎藤蔵人は、名もなきものにござりますが、義貞公お旗上げの折より、御一族の脇屋殿の手について、鎌倉攻めに参加し、後、分倍河原のたたかいに、討死をとげました。――首を埋めた墳は故郷の宅址にありと聞き、同じ土地の出の衆五、六名を誘って、あちこち尋ねましたが、よう分りません。……茫々、いずこも田や草原と変り果て、土地の農夫どもすら、たれも弁えおりません」
「では、越後へ移られてからは、もう数代になるのじゃな」
「四代になりまする」
「ああ、それでは……。越後にはなお、新田一族の裔が多くおられますか」
これは、謙信に向って、直接に問うたのである。謙信は、思案までもなく、
「ここだけでも、下野を初め、五、六名もおるとあれば、春日山城には、まだ何十家も、同じ流れのものがおりましょう」
と、すぐ答えた。
前嗣は、大きくうなずいて、
「さこそ。さこそ」
と、繰返し、
「ほまれある御裔とも思いもよらず、さきほどからの率爾はゆるせ。盃をとらそう。下野とやら」
と、自身から進んで来ないばかりにいって、手をさしのべた。