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うえすぎけんしん
上杉謙信
吉川 英治
「週刊朝日」1942(昭和17)年1月4日号~5月24日号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 129,102 字 · 256 页
重陽
「はい。ありますとも、なお喰おうとすれば、草の根でも、土でも」
「ウむ、む……」
と、笑み頷いて、
「麓の者共も、みな元気か」
「されば、ひとりだに、退屈しているものはございません。……が、君には、ただおひとりで、何しにお徒歩でございますか」
「わしも、退屈せまい為じゃ。野菊の花を捜しに出た。しかし、この山には、寔に菊が少ないとみゆる」
「ございませぬか」
「……見あたらぬ」
「麓の方で見かけました。採ってまいりましょう」
「そうか。一枝でよい。見当ったら持って来い」
「後刻。自然薯といっしょにお届け仕ります」
「自然薯もくれるか」
「御献上いたしまする」
「折もよし、遠慮せずともらっておこう。野菊の一枝も、待っておるぞ」
謙信は、踵を回すと、またひとりで、山の上の本陣――陣場平とよぶわずかな平地へ向って、ぶらぶらと登って行った。
重陽
朝のうちはあんなにからりとしていた秋の日が、午頃から曇り出して来た。妙高も黒姫も遠い山はみな霧にかくれた。ここ数日来、高原地方の天候は定まらないとみえて、真下の千曲川も彼方の犀川も、甚だしく水かさが増したかに見える。
「もうよろしい。――みなに来いといえ」