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うえすぎけんしん
上杉謙信
吉川 英治
「週刊朝日」1942(昭和17)年1月4日号~5月24日号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 129,102 字 · 256 页
海津城
天文、弘治以来、連年といってよいほどな両国間のたたかいに、親を討たれ、子を亡くし、或いは兄弟を失っているなど、箇々の宿怨は小さくもあれ、国是として、
(武田の阻害あるうちは、この国の成長なり難く、この国の生命もなし)
という謙信の信条が、全家中の骨髄に刻みこまれていた。火の玉のような一団の信念になっていた。
いわんや、こんどの出陣。待ちに待っていたものである。
この四、五十日間を、足ずりしていただけに、いよいよ八月十四日、春日山を雷発、信濃へ、信濃へ、と合言葉のように軍令が伝わるやいな、
「わあっ……」と、越後城下にはおのずからな声海嘯が捲きあがったものだった。そして電瞬のまに各※(二の字点、1-2-22)、物の具をつけ、馬を曳き、軍需の物を積み、馬揃いに群れ集まって、貝が音、太鼓の音とともに進発する軍隊に対して、領下の老幼男女は、いつまでもいつまでも声涙を抑えて見送っていた。その中には一万三千の軍勢に伍して行く者たちの妻もいた、老父もいた、妹もいた、母もいた、友もいた……。
海津城
ひと口にいえば一万三千といえる兵数だが、これが山を越え、谷をめぐり、峰に攀じ、里に炊ぎ、越後から信濃へ殺到するには、壮観も壮観だが、たいへんな難行であった。