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うえすぎけんしん

上杉謙信

吉川 英治

「週刊朝日」1942(昭和17)年1月4日号~5月24日号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 129,102 字 · 256 页

青空文庫

香車

といわれれば、かならず、

「越後に鬼小島弥太郎がいる」

と、すぐ思わされるようにまでなっていた。

香車

その初鹿野伝右衛門は、きょう武田方の使者として、この妻女山の陣にのぞみ、はからず旧知鬼小島弥太郎に会って、謙信本陣の小屋がある山上まで登ってゆくうち、敵味方とも思われないほど、親しげに語らいながら歩いて行ったが、弥太郎がこの人物に傾倒しているいわれは、あながち甲府に潜んでいた時代に、彼のために救われたという一片の私情だけによるものではなかった。

その為人を、甲府にいたころ、何かと聞いていて、

「甲府の中でも、武士の中の武士」

と、ひそかに認めていたからである。

そのころ、甲府の町にまで伝わっていたはなしに、こんな噂もあった。

躑躅ヶ崎の館で、伝右衛門が君前から退がって来るとき、殿中のお次の間に、御坊主の刀がおいてあった。

過って、それを伝右衛門が、踏みかどうかしたものか、御坊主が立腹した。甚だしく赫怒した。

「此方のたましいを、何で足にかけられた」

と、御坊主も武士並にいうのである。

いったい坊主はひがみッぽい。武勲というものを持たないから武勲の士に対してひがむのである。