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うえすぎけんしん
上杉謙信
吉川 英治
「週刊朝日」1942(昭和17)年1月4日号~5月24日号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 129,102 字 · 256 页
呉越の道
「鶴菜」
「はい」
「母の顔はおぼえているか」
「わすれません」
「叔母御の顔は」
「覚えております」
「弟たちは」
「うっすらと……」
「無情な親共と恨んだことはないか」
「さらさらございません。ただはやく戦が勝てばお膝のそばに帰れようかと、そればかりを楽しみに」
「今こそ、父の膝に還って来た」
「また、いつの日か、越後へ行かなければなりませんか」
「もうよいよい。こんど行くのは、お嫁の先だよ」
急がない旅となった。秋はいよいよ深い。鶴菜は夢のような心地だった。
すると、甲府もやがて近い頃、彼方から来る一群の旅人があった。
「あ……?」
鶴菜は、父の背に、すがりついた。駒の背はひとつである。彼女だけ逃げかくれすることが出来なかった。
「鶴菜。何を怖がるか」
伝右衛門が振向きながら、手綱をとめてたずねると、鶴菜は怯えた鶯のように、そっと眸をあげていった。
「彼方から来る大勢の衆は、みな越後の士方です。そのなかに、黒川大隅様もいらっしゃいます。大隅様はわたくしの御主人でした。昨日までわたくしをわが子同様に育ててくれたお方。どうしたらよいでしょう」
「なるほど」
と、伝右衛門も彼方へ眼を凝らして、