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うえすぎけんしん

上杉謙信

吉川 英治

「週刊朝日」1942(昭和17)年1月4日号~5月24日号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 129,102 字 · 256 页

青空文庫

流れる首

「おさらば」

と、いった。

典厩は、痛ましげな目を凝らして見送った。道鬼入道のからだには、すでに幾つかの槍瘡や弾傷が認められた。しかし少しも屈する容子はなく、忽ち、しゃがれ声をふり絞って、何かを、戦塵の裡へ叫んでいた。

流れる首

典厩信繁、その日の装いは、卯の花おどしの鎧に、鍬形のかぶとを猪首に着なし、長槍を小脇に、甲斐黒の逸足にまたがっていた。兜を後にかけて、血しおどめの鉢巻に乱髪をなであげ、健気にもみずから陣頭に立っていたが、何思ったか、

「源之丞、源之丞」

と、駒側の家士、春日源之丞をさしまねいて、背に纏っていた紫紺地の母衣を引きり、

「これは、父信虎様のおかたみであった。お筆蹟もある母衣、敵に奪られては、後々まで御名の汚れになる。そちにこれを預けおく程に、わが子信豊に渡してくれよ」

と、投げやった。

源之丞は、あわてて拾い取ったが、

「わたくしにこれをお預けの上、若君へ渡せとのおさしずは生きて甲府へ帰れとのおいいつけですか。憚りながら、余人にお命じ下さい。きょうのこの場は、一歩も退けません」

と、喚くが如く、泣くが如く、馬上の主人へいい返した。

典厩は、わざと怒って、